目次
0.概要
2021年5月30日(日)にNHKがEテレで放送した番組「将棋フォーカス(以下、当該番組)」において、
将棋講座ドットコム(以下、当サイト)の記事が無断転載されました。
それから約3か月間、示談交渉での問題解決を試みましたが、
建設的な話し合いにはほとんどならなかったため、やむを得ず訴訟を提起しました。
そして、約1年半に渡る裁判の結果、知的財産高等裁判所にてNHKによる当サイト管理人の著作権及び著作者人格権侵害が認められて、判決が確定しました。
1.無断転載の範囲
当該番組のコーナー「初心者必見!対局マナー」において、
「座る場所」「駒の準備・片付け」「駒の並べ方」「持ち駒の置き方」「待った」に関する5つの内容のほとんどが、
当サイトの将棋のマナーに関する記事からの無断転載によって制作されたものでした。
その中には当サイト独自の表現が複数含まれており、客観的に見てもほとんど同一の内容であることは明らかでした。
尚、無断転載された箇所に限った放送時間としては約1分40秒、文章量としては400字詰め原稿用紙で約1枚分です。
以下にその一部を示します。
2.当サイトの初動
全国放送のテレビ番組は極めて影響力が強く、放送時点から関連キーワードでインターネット検索を行う人が増えます。
当該番組も例外ではなく、放送時点から当サイトのアクセス数が伸びていました。
つまり、当サイトの当該記事と当該番組を、短時間の間に、両方見ている方々が多数いらっしゃったということです。
そして、当該番組には「制作・著作 NHK」という絶対的なブランド名での権利表示がされているため、
NHKが無断転載した箇所を「NHKが独自に制作した、NHKの著作物である」と誤解されたうえで、「当サイトが無断転載している」と誤判断される可能性が現実的に考えられました。
当サイトとしては、そのような事態を避けるべく、
即時に無断転載された範囲を検証し、Twitterで情報を発信しました。
そして、弁護士へ相談したうえで、警告書を作成してNHKへ郵送しました。
ここまでで約6日経っていますが、初めてのことだらけで非常にバタバタしており、あっという間でした。
さらにその後、当該番組責任者と電子メールで示談交渉を行いました。
3.NHKの初動
NHKは、当該ツイートを見た複数メディアからの取材によって、初めて気付いたものと思われます。
この際「違法性はない」等と回答していますが、当該番組の再放送を取りやめ、NHKプラスの配信を停止しています。
また、当該番組のWebサイト内にお詫びの文章を一時的に掲載しました。
4.示談交渉
当サイトは、無断転載をしてしまった際にお手本となるような対応を求めて、
最低ラインの具体策を提示しつつも、詳細についてはNHKに検討させました。
尚、NHKが公共放送であることには十分配慮したつもりです。
例えば、テレビ番組内での訂正や謝罪等は求めていませんし、本件発生から2か月程度の間は1円も請求していません。
一方、NHKは「参考にした旨の追記」を当該番組のWebサイト内に行ったことや前述の対応で最大限だとして、そこから一切変わりませんでした。
無断転載が発覚した後に「参考にした」と書くだけで許してしまうと、
引用や利用許諾の意味合いが薄れて、無断転載の助長に繋がる恐れがあります。
そのため、当サイトはNHKに対して追加の対応や具体的な意見を求めましたが、同様の回答が繰り返されるだけでした。
訴訟提起の警告も複数回行いましたが、残念ながら何も変わりませんでした。
5.第一審:東京地方裁判所
当初は「無断転載=著作権侵害」が当然に成立していると考えていました。
ところが、端的にまとまっている文章をピンポイントで無断転載された本件では文字数が少なすぎるため、
NHK法務部のみならず、当サイトが相談した弁護士も著作権侵害及びその他の不法行為には当たらないと判断していました(もちろん問題性は十分に理解されていました)。
自分でも色々と調べましたが、記事の無断転載に関する判例が少なかったため、著作権侵害を主張できるだけの確証は得られませんでした。
しかし、正確さと分かりやすさと面白さを兼ね備えた端的な表現にたどり着くためには相応の苦労や工夫が必要です。
それを理解している者として「これだけ明白な記事の無断転載をしても合法???」という感覚でした。
また、NHKのそれまでの対応を踏まえると、ここで見過ごしたら組織として何も改善に動かないだろうという予測がありました。
さらに、本件の水準でセーフという既成事実を作り上げる訳にもいきませんでした。
当サイトは、東京簡易裁判所に対して訴訟の提起(本人訴訟)を行いましたが、
NHKからの申立てにより東京地方裁判所に移送されました。
第一審で主張する法的な内容は本当に悩みました。
詳細を把握している複数の弁護士の意見は「違法性なし」で全員一致していた訳です。
結果として、当サイトは著作権や著作者人格権よりも範囲の広い、人格権(主に名誉権)の侵害を主張しました。
裁判中、東京地裁は和解の話を3回しました。
当サイトも和解の条件を提示しましたが、解決金の支払いはもちろん、第三者を交えた再発防止策の取り組みについての要求もNHKに拒否されました。
結果、東京地裁は名誉毀損の可能性が抽象的と判断して、当サイトの請求を棄却しました。
但し、著作権又は著作者人格権侵害の観点から検討すべきであるという意見を付しています。
(
第一審の判決内容はこちら<裁判所Webサイト:令和3年(ワ)第30051号 令和4年9月28日判決言渡。>)
6.第二審:知的財産高等裁判所
当サイトは、東京地裁の判断を基に、著作権及び著作者人格権の侵害に主張を切り替えて、
知的財産高等裁判所に控訴しました。
知財高裁でも和解の話は1回出ましたが、これについては当サイトが拒否しました。
今さらになってNHKが応じるとは思えず、時間の無駄だと判断したためです。
また、これほど明白な記事の無断転載について、司法の判断を残しておくことは社会的な価値が大きいとも考えていました。
結果、知財高裁は「特徴的な言い回しとして、控訴人(当サイト)の個性が表現として現れた創作性のあるもの」であり、
「被控訴人(NHK)においては、公共の放送事業者であるにもかかわらず、(…中略…)創作性のある部分をほぼそのままの形で使用したもので、それらの部分の使用に係る客観的及び主観的態様は悪質と評価されても仕方のないところである」
と判断したうえで、NHKによる当サイト管理人の著作権(公衆送信権<送信可能化を含む>)及び著作者人格権(氏名表示権)の侵害と損害賠償請求を認めました。
そして、上告に関する申立ては双方なく、当判決で確定となりました。
(
第二審の判決内容はこちら<裁判所Webサイト:令和4年(ネ)第10103号 令和5年3月16日判決言渡。同3月31日確定。>)
7.判決確定後
総務省にご協力頂き、NHKに対して経営委員会等で本件に関する検討をするように申し入れました。
裁判中は負担が非常に重かったので、当サイトの更新頻度を落としていましたが、
改めて将棋の普及活動に努めます。
8.さいごに
本件は予想外に大きな話となってしまいましたが、
そもそも、NHKがきちんと引用元を明記しておけば何の問題もありませんでした。
また、公共放送だから引用元の明記が難しいということであれば、当サイトへ事前に一言連絡すれば良かっただけなのです。
- 著作者として当たり前のことができてない
- 取材に対して「違法性はない」と回答する
- 示談交渉で建設的な話し合いができない
- 無断転載を「参考」という表現で貫き通す
等々、NHKに対して強く違和感を抱いた点は多かったです。
本件が無断転載の抑制に繋がると共に、真面目に著作物を作成している方々の一助となれば幸いです。